いつも、どこかで、私達の311

日本には古くから、 盆栽 という文化が存在します。
何十年もかけて、木々の ほんの ひとかけら から
1つの世界を創り上げてゆく文化。

私達日本人は、コツコツと根気よく
何かを成し遂げる事ができる資質を
持ち備えていると思います。

東北の震災から
今日でちょうど2年が経ちました。
震災直後は、数多くの人々やトラックが行き来し....

その騒がしさが、被災された方々を
"もう一度ガンバロウ"
という気持ちにさせていた様に思います。

....が
ガレキがなくなり...
訪れる人々が減り...
更地に整備されつつある今、
かえって、その静けさのせいで
"心が折れてしまいそうになる"
のではないか、と感じています。

そして私と云えば、日々バタバタと過ごす中、
震災の事が心のどこかへ行ってしまう時が正直言ってあります...。

2年を迎えるここ数日、TVで取り上げられる事で
"ハッ"と 気づかされました。

これからも復興が続く限り、
メディアが定期的に報道してくれることを願います。

特に福島については
原子炉が廃炉になり、その後どうなっていくのか....
見続けていきたい。

きっといつの日か、再生できる。

私達は
コツコツと根気よく
何かを成し遂げる事ができる
日本人だから。

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いつも、どこかで、私達の311」への2件のフィードバック

  1. 盆栽のお話、すごく共感します。

    私も外資に勤めて初めていかに狩猟民族と
    農耕民族がこんなに違うものかと学んだことを思い出しました。
    獲物があるところを見つけてかっさらった後はまた別の場所に移動していく彼らと違って、日本人のような農耕民族は、土地を耕すところから始まり、自分の手で作物を作り育てる。だからすぐに結果が出なくても時間をかけて試行錯誤しながら土地を作物を育てることが当たり前の感覚として身についてるんですが、狩猟民族にはこれが理解出来ないんですよね。仕事も全く同じで、マーケットを自分達で育てる大切さを説明する場面がよくあります。
    盆栽とは新しい!と思いましたが、基本的には同じ例えで、すごく共感しました。
    そして、私達には当たり前のこの感覚は、ワールドワイドでは当たり前のことではないことを知り、日本人の美徳の一つだと誇りに思います。

    人生は自分が蒔いた種から育てたような花を咲かせると信じてきましたが、それも嘘ではないとようやくこの年齢になって分かり始めてきました。
    いくつになっても、謙虚さと努力と感謝を忘れずに過ごして行きたいです!
    また素敵なファッションのご提案も楽しみにお待ちしています!\(^o^)/

    • 吉岡さんへ
      30代後半の時かな・・・
      パリのショウウィンドウを飾ってた、素敵な盆栽を見て頭をハンマーで殴られたくらいの衝撃だったの。
      パリジャンのフィルターを通して日本の文化の素晴らしさに気づかされました。
      そのとき、なんだか自分が恥ずかしかったわ。
      日本にいると気づかない日本の良さを、ヨーロッパでいっぱい見つけることができました。
      吉岡ちゃんも、海外で仕事をしてたからいろんな事を思ったり感じたり、悩んだりしてたんですね。
      次回は、ファッションブログをお届けするつもりです!

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